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コーヒー危機―作られる貧困
コーヒー危機―作られる貧困 (JUGEMレビュー »)
オックスファムインターナショナル, 村田 武, 日本フェアトレード委員会
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茶色の朝
『茶色の朝』(大月書店発行) フランク バブロフ 物語   藤本 一勇 訳
陽の光がふりそそぐビストロで脚を伸ばしながら、
俺とシャルリーは、とくに何を話すというわけでもなく、
お互い頭に浮かんだことをただやりとりしていた。
それぞれ相手がしゃべる中身にたいした注意は払っていなかった。
コーヒーをゆっくり味わいながら、時の流れに身をゆだねておけばよい、心地よいひとときだ。
シャルリーが犬を安楽死させなきゃならなかったと言ったときはさすがに驚いたが、ただそれだけだ。
よぼよぼになった犬ころを見るのは悲しいものだが、
15年も生きれば、いずれその時がくると思っていなけりゃならない。
「わかるだろう、あの犬を茶色だって言い張るには無理があったんだ」
「たしかに、あんまりラブラドールの色じゃないよな。けど、何の病気だったんだ?」
「病気のせいじゃない。茶色の犬じゃなかった、ただそれだけさ」
「何だって? 猫といっしょになっちまったってことか?」「ああ、同じだ」
猫のことなら俺も知っていた。
先月、自分の猫を始末しなきゃならなかったからだ。
白に黒のぶちなんて不幸な星のもとに生まれついた雑種だった。
たしかに猫の増えすぎはがまんならないところまできていたし、
お国の科学者たちの言葉によれば、「茶色」を守るほうがよいという。
茶色だけ。
なぜって、茶色がもっとも都市生活に適していて、
子どもを産みすぎず、えさもはるかに少なくてすむことが、
あらゆる選別テストによって証明されたらしい。
なに色だって猫にはかわりないのに、とは思うが、
なんとかして問題を解決しなきゃならんというなら、
茶色以外の猫をとりのぞく制度にする法律だって仕方がない。
街の自警団の連中が毒入り団子を無料で配布していた。
えさに混ぜられ、あっという間に猫たちは処理された。
そのときは胸が痛んだが、人間ってやつは「のどもと過ぎれば熱さを忘れる」ものだ。
でも犬にはさすがに驚いた。
なんでかはよくわからないが、猫より大きいし、
あるいはよく言われるように、人間のよき相棒だからかもしれない。
なんにしても、
シャルリーは俺が猫を処分したときと同じく、
なにごともなかったかのように話していた。
きっと彼は正しいのだろう。
あまり感傷的になっても仕方がないし、犬は茶色がいちばん丈夫というのはたぶん本当なんだろう。
もうお互いたいしてしゃべることもなくなったので俺たちは別れたが、妙な感じが残った。
まだお互いに言い足りないことでもあるかのように。
どこかすっきりしなかった。
それからしばらくして、今度は俺のほうが、『街の日常』の廃刊をシャルリーに教えた。
彼は腰を抜かした。
それは彼が毎朝カフェ・クレームを飲みながら読んでいる新聞だったからだ。
「廃刊だと? ストライキか? 倒産か?」
「いや、いや。例の犬事件のつづきさ」
「茶色の?」
「そう、あいかわらずさ」
あの新聞が国の今回の新しい法律をたたかない日は
1日だってなかったからね。
科学者連中の実験結果まで疑いだしたんだ。
読者はどう考えればよいのかわからなくなって、
犬を隠しはじめる者まで現われたんだ。
「危ない橋を渡りすぎたな……」
「そのとおり。ついに新聞も発禁にされちまって」
「なんてこったい。競馬情報はどうすりゃいいんだ?」
「そりゃあ、『茶色新報』を見るしかないだろう。
それしかもうないんだから。競馬とスポーツネタはましらしいぞ」
他の新聞がはみ出しものにされてしまった以上、ガアガアと口汚い新聞でも、なにか残っていてくれないと。
やっぱりニュース抜きってわけにはいかない。
その日はシャルリーともう1杯コーヒーを飲んだが、
『茶色新報』の読者にならなきゃいけないのかと思うとうっとうしかった。
しかし、ビストロの客たちは、いままでどおり自分の生活を続けていた。
きっと心配性の俺がばかなんだ。
それから、図書館の本の番だった。
これまた、あんまりすっきりした話じゃない。
『街の日常』の系列出版社がつぎつぎと裁判にかけられ、
そこの書籍は全部、図書館や本屋の棚から強制撤去を命じられた。
たしかに、その出版社が出しつづけている本をよく読んでみれば、
1冊に最低でも1回は犬や猫といった単語が出てくる。
けど、いつも茶色って言葉がいっしょにくっついてるわけがない。
そんなことくらい出版社のほうもわかってなくちゃいけなかった。
「行きすぎはまずいよ」とシャルリーは言った。
「法の網をかいくぐったり、いたちごっこをしたって、
国民には何の得にもならないんだしさ。あ……」
とシャルリーはまわりを見まわしながらつけくわえた。
「茶色のいたちな」。
だれに会話を聞かれているかわかったもんじゃない。
用心のために、言葉や単語に茶色をつけくわえるのが習慣となってしまっていた。
最初は、「茶色のパスティスを1杯」なんて
ばかみたいだったが、結局は、言葉なんて慣れの問題で、
仲間うちで何かにつけて「くそ野郎!」と言うのとおなじように、
茶色に染まることにも違和感を感じなくなっていた。
少なくとも、まわりからよく思われていさえすれば、放っておいてもらえるし。
そして、なんと俺たちは、とうとう競馬も当ててしまった。
まあ、たいした額じゃないんだが、それでも俺たちにとっては初めての当たり、茶色記念だぜ!
おかげで、新しい法律のわずらわしさも受け入れやすくなった。
いまでもよく覚えている。
ある日、チャンピオンズカップの決勝戦を見に、俺の家にこいよとシャルリーを誘ったら、
これが爆笑ものだった。なんとやつは新しい犬といっしょにあらわれたのだ!
みごとに鼻の頭からしっぽの先まで茶色で、眼まで栗色ときた。
「どうだい。いろいろあったが、こいつは前のより愛情深くて、ちょっと合図しただけで何でも言うことをきくんだぜ。黒いラブラドールであんなに大騒ぎするんじゃなかったよ」
シャルリーの言葉が終わらないうちに、犬がソファの下にいきなりもぐりこんで、
いかれたみたいにキャンキャンと吠えだした。
なんだ、なんだ、茶色だからって、俺は飼い主にだって、だれにだって従いやしないぞ!
とでも言うかのようだ。
そこでシャルリーははっと気づいた。「まさか、お前もか?」「ご名答。見ろよ」
その瞬間、俺の新しい猫が矢のようにあらわれて、カーテンをかけのぼったかと思うと、
タンスのうえに身をひるがえした。茶色の瞳と茶色の毛並みの雄猫だ。
俺たちは笑いころげた。なんという偶然だ!
俺は言った。
「いつも猫を飼ってきたから、だからさ……こいつ、いい猫だろ?」「すばらしいね」シャルリーは答えた。
それから俺たちはテレビをつけた。
そのあいだ、
茶色の動物たちは横目でおたがいの様子をうかがっていた。
どちらのチームが勝ったか、もう覚えていないが、
すごく快適な時間だったし、すっかり安心していた。
まるで、街の流れに逆らわないでいさえすれば安心が得られて、面倒にまきこまれることもなく、
生活も簡単になるかのようだった。茶色に守られた安心、それも悪くない。
もちろん、むかいの歩道ですれちがった、小さな男の子のことも頭に浮かびはした。
足もとで死んでいる白のプードルのために泣いていた。
だけどあの子だってきちんと話を聞けば、犬が禁止されたわけじゃなくて、
茶色のやつを探せばいいだけだとわかるさ。
子犬だって見つけられる。
そうすれば、俺たちだって同じように規則を守ってるんだと安心して、
死んじまった昔の犬のことなんてすぐに忘れるだろう。
そしてきのうだった。
信じられないことが起こった。
何も悪いことをしていないと、安心しきっていたこの俺が、
あやうく街の自警団の連中に捕まりそうになった。
茶色に身を包んだ、情け容赦のないやつらだ。
この界隈は初めてで、まだ住民全員の顔を覚えていなかったので、
俺のことがわからなかったらしく、助かった。
俺はシャルリーの家へ行くところだった。
日曜はシャルリーのところでトランプをすることになっていた。
手にはビールを1パック、ただそれだけだ。
ちびちびやりながら、2、3時間、勝負する予定だった。
ところが、たまげた。
やつのアパートのドアがこっぱみじんにされていて、
踊り場に陣どっていたふたりの自警団員が、やじうまの整理をしていた。
俺は上の階へ行くふりをして、エレベーターで降りた。下では人々がひそひそ話をしていた。
「だけどやつの犬はほんものの茶色だったぜ。俺たちも見たよな!」
「ああ、だけどあいつらが言うには、前は、茶じゃなく黒の犬を飼ってたからってことらしいぞ。黒色をな」
「前は、だって?」
「そう、前はだ」
いまじゃあ、前に茶色じゃないのを飼ってたことも犯罪なんだとさ。 そんなこと簡単にばれちまう。
近所に聞けばいいんだからな
俺は足を速めた。
冷や汗がひとすじシャツを濡らす。前に飼っていただけで違法になるなら、俺も自警団のいい餌食だ。
前に白黒の猫を飼ってたことは、俺の住んでる建物の住人ならだれだって知っている
前もだって!そんなこと考えもしなかった。
けさ、『茶色ラジオ』がそのニュースを流した。
きっとシャルリーは逮捕された500人のなかの1人だ。
最近、茶色の動物を購入したからといって、考え方が変わったことにはならない、と連中は言った。
「時期はいつであれ、法律に合わない犬あるいは猫を、飼った事実がある場合は、違法となります」
アナウンサーは「国家反逆罪」とまで言った。
そのつづきもしっかりと胸に刻まれた。
たとえ自分が法律に反する犬や猫を個人的に飼ったことがなかったとしても、
家族のだれか、たとえば、親、きょうだい、いとこなどが、生涯でたった1度でも飼ったことがあれば、
ひどく面倒なことになるという。
シャルリーがどこへ連れて行かれたかはわからない。これは明らかにやりすぎだ。
狂ってる。なのに俺ときたら、茶色の猫といっしょなら安全だとずっと思いこんでいた。
もちろん、連中が前ってやつを調べれば、犬や猫を愛する人間は全員逮捕されてしまうだろう。
ひと晩じゅう眠れなかった。
茶色党のやつらが最初のペット特別措置法を課してきやがったときから、警戒すべきだったんだ。
けっきょく、俺の猫は俺のものだったんだ。シャルリーの犬がシャルリーのものだったように。
いやだと言うべきだったんだ。抵抗すべきだったんだ。
でも、どうやって?
政府の動きはすばやかったし、
俺には仕事があるし、
毎日やらなきゃならないこまごましたことも多い。
他の人たちだって、
ごたごたはごめんだから、
おとなしくしているんじゃないか?
だれかがドアをたたいている。
こんな朝早くなんて初めてだ。・・・・・・・
陽はまだ昇っていない。
外は茶色。
そんなに強くたたくのはやめてくれ。いま行くから。
| 勉強会資料 | 17:26 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
リサーチグループMTGの感想☆
今日のミーティング(MTG)はフェアトレードのお勉強とちょっとしたディスカッションしました。東海林とか来ればよかったのに〜!!FT価格の内訳とかFT価格設定の話もしたのに。興味あれば勉強会資料をアップしているので、カテゴリーの中の勉強会資料を見てみてください。FT概要ってタイトルだったと思います。
さてさて、今日ミーティングに参加したメンバーは以下のとおり。

てっちゃん、あゆ子、チェジュウ、いつみ、崇史、あさひ、司☆***

コメントに今日のミーティングの感想を書き込みしてください。
よろしくです☆

ちなみにレジュメは以下のアドレスに載ってます。
http://ones1.jugem.jp/?day=20060505
| 勉強会資料 | 21:52 | comments(5) | trackbacks(0) | - | - |
フェアトレードの情報満載!!
こんばんは。てっちゃんですラッキー
1年生だけじゃなくて、2,3回生にももっともっとフェアトレードのことを勉強してもらいたいと思うし、色々なフェアトレードにかかわる人たちとお話をしてもらいたいと思うけど、やぱり基礎的なフェアトレードの情報を知っておかなやっぱあかんとおもうんさぁひらめき
で、こんな素敵なHPURLがあります!ので紹介したいと思います。

URL http://www.ftrc-jp.org/

フェアトレードリソースセンター(FTRC)っていうところが発表しとんのやけど、なかなか面白いよ。ぜひみんなも見てみて!何かわからないところとかあったらこのブログで書き込みしてもらってもいいし、僕に聞いてもらってもいし。
まずはとりあえず上のアドレスクリックしてみて。
| 勉強会資料 | 01:27 | comments(2) | trackbacks(0) | - | - |
フェアトレードの概要
フェアトレードの概要
1.市民運動の中のフェアトレード
「貧困にさいなまれている途上国の生産者から、手工芸品や食品(一次産品、加工品)を出来る限り直接的に、そして出来る限り高く購入することで、彼らの生活水準の改善を支援するフェアトレード(「公正貿易」、あるいはオルタナティブトレード「もう1つの貿易」)は、オックスフォード飢餓救済委員会(OXFAM.イギリスのNGO)の「ブリッジ計画」(1964年開始)が始まりであるといわれている。それは、生産者と消費者の大きな断絶の「橋渡し」を企図していた。」(2004、辻村)

主なフェアトレード商品
それらは農産物と伝統工芸品に分けられる。

例 農産物  ドライマンゴー、コーヒー、紅茶、カレー、(1次産品)
工芸品  衣類 アクセサリー 雑貨

〈主なフェアトレードの流れ〉
1988年 オランダ マックスハベラー財団 マックスハベラー認証マーク オランダで販売されるコーヒー豆の2.75%に、同マークが貼付されている。

日本におけるフェアトレード運動
1986年 プレスオルタナティブ社 第三世界ショップ開設
1987年 日本ネグロスキャンペーン委員会 フェアトレード開始
1988年 オルタートレードジャパン社設立
1991年グローバルヴィレッジ(GV)設立
1995年フェアトレードカンパニー社設立
ネパリバザーロ社設立

「日本におけるフェアトレードの基準や表示は多様である。日本のフェアトレードの特質は生産者との直接的関係(「顔の見える関係」)の重視であり、普及に関しては限界があるものの、信頼できる生産者への直接的支援により、FLO(Fairtrade Labering Organizations International)認証制度よりも大きな貧困緩和への貢献を果たしている場合が多い。」(2004,辻村)

フェアトレードの原則
「1999年IFAT(国際フェアトレード連盟機構)総会において合意されたフェアトレードの定義、目標は以下の通りである。
「フェアトレードは支配的な国際貿易に対抗する、オルタナティブなアプローチである。それは排除された不利な状況にある生産者の持続的な発展をめざす、貿易パートナーシップである。よりよい貿易条件の提供、知識の向上、キャンペーン活動を通じてその発展を探求するのである。
 フェアトレードの目標は以下の通りである。
1. 市場アクセスの改善、生産者組織の強化、買い付け価格の引上げ、貿易関係の持続化を通じて、生産者の生計と福祉を改善する。
2. 不利な状況にある生産者、特に女性と先住民にとっての発展機会を促進する。そして生産過程における搾取から、子供を守る。
3. 国際貿易が生産者に与える悪い影響に関して、消費者の知識を高めることで、消費者の購買力を良い方向に向ける。
4. 対話、透明性、尊敬を基本とした、貿易パートナーシップの1つの手本を確立する。
5. 支配的な国際貿易のルールと実践を変えるためにキャンペーン活動を行う。
6. 社会正義、環境保全、経済的保証の促進により、人権を擁護する。」
以上の定義、目標に鑑み、FLOは以下の基準を満たす商品に対してのみ、フェアトレード認証マークの貼付を認めている。
(1) 生活面の基準
最低賃金
適切な住宅
最低限の保健・保障
環境基準
(2)貿易面の基準
〆把祺然
⇒算餞霆
D拘の貿易関係」(2004,辻村)

2.コーヒーから見るフェアトレード
自由貿易のコーヒー現状

「ドイツのコーヒー500円分の中身は?
コーヒー生産者の利益 95円、500円の内147円がドイツの国庫収入にでありる。これにより、ドイツの開発国援助額は70億マルクを計上している。しかし、その3分の1はコーヒーによる収入でまかなわれている。
開発国援助は直接、コーヒー生産者に届かない。
19世紀中頃 グアテマラ、メキシコ 中米の高地にドイツ向けのコーヒー生産地を築くが、先住民の言語と文化に大打撃を与える。この土地から、今日、世界の生コーヒー貿易の1割を扱う世界最大のコーヒー取引商ナウマン・コーヒー企業グループが誕生した。
大半のコーヒーは生コーヒーのままドイツに運搬され、そこで焙煎される。この行程を担うのがドイツのナウマン・グループの企業群。500円のコーヒーの内、260円が中間取引業者、運輸業者、焙煎業者という、高度に組織化されたナウマン・グループに入る仕組み。」(臼井)

フェアトレードのコーヒーの場合(ラベルを貼付したFTコーヒーの場合)

(1) FLOが規定した基準を満たし、登録を果たした小規模コーヒー豆生産者の組織から、直接的に購入しなければならない。
(2) 買い付け価格は、FLOが規定した基準に沿って設定しなくてはならない。その基準は以下の通りである。
アラビカ豆に関しては、ニューヨーク市場の価格(C規定)が計算の基準になる。同価格(cents/pound)に対して、該当豆の品質に沿った割増・割引を行い、輸出価格を決める。
同輸出価格に対して、5cents/pondの固定的なプレミアムを上乗せする。
公式な認証を得た有機コーヒー豆に関しては、さらに15pond/centsの固定的なプレミアムを上乗せする。
最低価格(プレミアムを含む)は、コーヒー豆の種類と生産地に従って、以下のように規定されている。
フェアトレードの最低価格




(3) 焙煎業者・買付業者はコーヒー豆生産者に対して、収穫期の初めに、契約したコーヒー代金の最高60%の融資を与える義務がある。
(4) 生産者と焙煎業者・買付業者の関係は、長期的契約(1〜10年)を基準とすべきである。

価格形成の仕組み
フェアトレードによる価格形成の概念図




フェアトレードの価格形成は、ニューヨーク先物取引価格の変動に追随している低価格で購入する支配的貿易とは対照的に、最低の輸出価格を固定している。生産コストが保障される(フルコスト原理が満たされる)、公正な生産者価格を維持するためである。
 
最低輸出価格の固定(生産者価格の下支え)
利益の一部(フェアトレードプレミアム)の生産地への還元(消費者価格の一部の生産者価格への移転)
この2つの手段により、消費者価格のより多くの部分を、生産者の取り分にするように努めている。

《参考文献》
辻村英之 『コーヒーと南北問題「キリマンジャロ」のフードシステム』日本経済評論社、2004年
デイヴィッド・ランサム 『フェアトレードとは何か』青土社、2004年 
村田武 『コーヒーとフェアトレード』筑波書房ブックレット、2005年
どこからどこへ研究会 『地球買いモノ白書』コモンズ、2003年
| 勉強会資料 | 23:13 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
ホワイトバンドが提起したこと
モグモグホワイトバンドが提起したこと
〜募金活動ではなく政策提言を〜
(自分が取り扱いたいテーマを書く)


晴れ0. 問題意識 (ここではなぜそのテーマがFTを勉強するにあたって重要なのかを書く)

 FTとは途上国からの輸入品に現地の労働に見合った適正な賃金を払うことで途上国の自立の手助けをするとともに、消費者にも健康に配慮した有機栽培製品を提供し、また先進国の消費者にとって消費者意識の向上を促すという、相互に利益を生むことを目的とした貿易システムである。しかし、FTだけで今世界が抱えている諸問題をすべて解決できるわけではない。国際関係の中で捉えられるFTというものを理解し、単にFTのことだけでなくその周りにある複雑な国際関係の諸問題を理解することでFTの重要性や意義が認識できるのではないかと考える。今回は貧困、グローバル化、その中での市民社会の役割と政策提言としてのチャリティーとして、ホワイトバンドを取り上げる。この政策提言の1つが例えばFTであり、ホワイトバンドとFTの消費者意識の向上という部分が共通している。だから、ホワイトバンドはFTを勉強する上で重要である。

※ キーワードおてんき:ホワイトバンド、グローバル化、所得格差、貧困、アドボカシー、お金の行き先、ミレニアム開発目標(MDGs)、IMF、世界銀行、構造調整プログラム
(ここでは、自分が選んだテーマの中で重要と思われるキーワードを抜き出す。)

工具1. (ここからは章立てをして見出しをつけて自分が選んだテーマを具体的に書いていく。)

1. なぜ、今、途上国の貧困混雑がグローバルな課題なのか?撃沈
 冷戦後、国連は子供、環境、人権、人口、社会開発、女性、人間居住、教育といった問題を優先課題に捉え2000年9月に「ミレニアム開発目標(MDGs)」を採択した。しかし9.11以降テロとの戦いをブッシュ政権は推し進めた。これはさらなるテロリストを世界に拡散させるだけである。テロの根源である貧困を根絶することのほうが近道だ、と人々は気づきだした。
 これを受けブレア首相は2005年7月、スコットランドで開催される予定であったG8サミットで、「貧困根絶を国際社会の最優先課題に」とよびかけた。IMF,世界銀行の際貧困国への多国間債務を帳消しにすることを提案。
 OXFAMがブレアの提言を支持し、Make Poverty History というスローガンで、国際キャンペーンの展開を呼びかけた。これが債務帳消しを公約させた。

2. なぜ途上国は貧しいのか?
 植民地時代、リカードの比較生産諸費説により、国際分業が定着した。それはこういうものだった。バナナの生産が得意な国はバナナを作り、自動車の生産が得意な国は自動車を作り続ける。それをお互いに交易したら低コストで両方が満たされる。しかし、バナナは安く、車は高い。途上国は貧しくなる一方である。
 60年代、途上国にも経済開発の波が押し寄せてきた。先進国で人件費の高い労働力より、途上国で人件費の安い労働力を使うほうが効率的である。このようにして途上国に参入してきた企業が多国籍企業である。彼らは「経済開発が進めば、貧困は解消できる」という誤った理念を推し進め、「社会開発」「人間の開発」といったことをなおざりにしてきた。
 一方、先進国の政府はODAなどで途上国支援を行ってきた。しかし、そのお金は多国籍企業や独裁者に渡っていった。
 80年代、これらのODAなどの融資により途上国に債務危機が始まり、IMF,世銀などを通じて途上国に「構造調整プログラム」が導入された。これは途上国が金融緩和政策や民営化、通貨切り下げを受け入れる代わりに資金提供を行うというものであった。これはさらなる所得格差を生み、貧困層にしわ寄せが行くことになる。


3. 大企業によるグローバル化は、さらに南北格差を拡大させたお金
 80年代レーガン、サッチャー、らの新自由主義者は「すべての市場を経済に任せる」という政策を行い、南北格差を拡大させた。
 ★新自由主義:強い国家と小さな政府を政策の2本柱とする。具体的には、軍事防衛費の増強、社会保障の切捨て、市場原理の導入。規制緩和。「国家」の不在と「国家」の過剰。
代表的な新自由主義者:サッチャー(サッチャリズム)、レーガン(レーガノミクス)、中曽根、小泉、ブッシュ、アロヨなど。
サッチャー:1982年、フォークランド紛争に介入。社会保障の切り捨て。「失業者はサッカーでも見てフーリガンになっていればいい。」
レーガン:宇宙防衛計画。国内産業をばたばた潰した。
中曽根:靖国参拝。国鉄の民営化。
小泉:自衛隊のイラク派遣。郵政、道路公団民営化。社会保障、福祉の切捨て。平成の大合併による地方の切捨て。三位一体改革(国庫補助負担金の削減、財政調整制度の抜本的改革、税源の地方への移譲。)

100人の村では大学に行きPCが使えるのは1人。グローバル化の恩恵は一部にしか届いていない。
4. 市民社会の役割は?嬉しい
 80年代から90年代にかけてNGOの活躍が目立ってきた。
活動内容の例:マイクロクレジット提供(小規模からの融資)、有機農法や森林の回復、エンパワーメント(女性の地位向上)、協同組合の組織化などなど。
これらのNGOは「開発NGO」と呼ばれ、貧困地域で活躍してきた。中には1万人以上のスタッフで活動している「開発NGO」もある。しかし、NGOは政府に変わる存在ではない。これらは本来政府が行うべきこと。しかし、その国のさまざまな事情により行っていない現状がある。この政府の「サボタージュ」をなんとかしないと貧困の根本的な問題解決にはなっていない。
そこでこれらの「開発NGO」は、政府に対する「アドボカシー(政策提言)」活動を行った。アドボカシーとは、NGOの活動経験を踏まえて、政府と対等な立場で、持続的な開発、特に貧困根絶に重点を置くように説得することである。
 過去のNGOによるアドボカシーの例として92年のリオでの地球サミットでの女性たちの環境NGOのアドボカシー活動の結果、国連はすべてのNGOに門戸を開いた。そのときの女性NGOメンバーの一人がワンガリ・マータイさんであった。
他のアドボカシー活動の例:97年「対人地雷禁止条約」、98年「ジュビリー2000」(2000年までに貧困国の債務を帳消しにしよう、という国際キャンペーン。)、05年のG8サミットなど。
詳しくはOxfamのHPを http://www.oxfam.jp/advocacy/index.html

5. 「ホワイトバンド」募金活動ではなく政策提言をジョギング
 日本の「ほっとけない世界の貧しさ」キャンペーンでは、小泉首相に対して、グレンイーグルス(G8サミット)での公約(新たに100億ドルを貧困根絶に充てること)を実施することをアピールしている。それは手紙、ファックス、メールを首相に送る、新聞広告を出す、直接首相に面会を求めるなどの行動で始まっている。これは誰にでもできるアドボカシー活動である。
 このキャンペーンはホワイトバンドを買ってもらい、「私はアフリカの貧困に関心を持っています」ということを社会に示唆する運動として始まった。収益金でアフリカの支援をすることを目的としていない。
 
6. 見るまとめ
(・e・)

先の過去のアドボカシーの例にもあるように、アドボカシーとは、貧困の構造的な問題を認識し、本来その貧困を防ぐはずの政府などに大多数で政策提言を呼びかけることで政府の政策を変更させ、貧困問題の解決に結びつけようとするものである。これが、FT商品を買うことによって貧困問題に関心を持ち、かつ消費者意識の向上を目指しているフェアトレードとの共通点である。フェアトレードも商品を通して貧困問題に関心を持ってもらうことを1つの目的としている。よって、フェアトレードを勉強するにあたり「ホワイトバンド」の問題を取り上げることが重要であると考える。

<参考資料>
NPOジャーナル Vol.12,特定非営利活動法人 関西国際交流団体協議会
Oxfamホームページhttp://www.oxfam.jp/advocacy/index.html
「ODA援助の現実」 鷲見和夫、岩波新書

| 勉強会資料 | 05:45 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
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